周りの人は自分の望みを叶えてくれているだけ

今の自分の現実がどんなものであったとしても、「周りの人は自分の望みを叶えてくれているだけ」であり、「周りの人も、自分の望みを叶えているだけ」だという事を、意識しながら現実を見ることによって

今、自分の現実に現れている人、出来事などは全て、自分の状態を教えてくれたり、これからの未来を予見させるものである。と、現実に対する「認識」「捉え方」をする事が出来るので

自分の現実を、より自分が望む現実へと向かわせる事を考えるなら、今の自分の見ている現実というのは「自分の状態」によってその形を変えるということ

自分の状態に合った現実が現れているだけであり、「そう思い込める流れの中にいる」だけという事に気づく事が出来たなら

「自分を犠牲にする」ことも

「人を傷つける」ことも

「誰かに迷惑を掛ける」ことも

自分自身の思い込みであり、お互いの気づきの為だと気づくので、これからは本当に自分が望む現実を、周りの人と一緒に創っていく事が出来ますよね。

現実に現れる人と、自分との関係性というのは「お互いの望みを叶えているだけ」だという事が理解出来れば

「傷つける人」と「傷つけられる人」はお互い様であり、「上に立ちたい人」と「下に居たい人」などもお互い様である事が分かるので、現実を見て自分の望み、状態を知ることや、それが「本当に望む現実かどうか」を、考え直す機会にもなりますが

その為には「本当に望む現実」というのが「今の現実」だという事を、まずは知る事が、大切になりますよね。

例えば「誰かを助けること」に目を向けている人は、「誰かを助けること」が自分の望みなので、「助けて欲しい」と考えている誰かを助けることで、自分の存在に対する価値を感じる事が出来たり

人を助ける事で「良い事をしていると思いたい」などの思いや、「人にとってより良い未来を創っていきたい」という意志があり、「人を助ける事で自分が助けられている」事もありますし

「成長したい」と考えている人には、自分を「成長させたい」と考えている人と出会う事になったり、そうした情報を受け取る事になりますよね。

そうして人は「自分が正しいと思う事」「やりたいと思う事」を選択して生きていて、「助けて貰いたい人」と「助けてあげたい人」は「お互いの望みを叶えているだけ」であり

そこに「良い悪い」も「善悪」も無いもので、人はみんな「自分が生きたい人生を生きている」もので「好きな事をして生きている」ものです。

ただ「良い悪い」「善悪」で考えるから、より良い現実を創っていける、人にとって何が一番良いのかを考えていけるので、現実をより人にとって良い環境へと変化していく事が出来ますよね。

今の自分の現実に現れている周りの人は「自分の望みを叶えてくれているだけ」だと意識出来れば、例えば自分に対して失礼な態度を取る人が居るのは、自分が相手に対して失礼な態度を取っていたり、そうした人の多い環境に自分自身が身を置いていることや、人を受け入れていない自分が居るからだと気づくキッカケになるので

現実を変える事を考える時には「誰かを変えること」を考えるというよりも、ただ現実を見て、自分が相手に対する態度を変える事、自分の状態を変える事を考える事になりますが

自分の周りで、自分が望まない事が起こっていると感じるのであれば、その環境に身を置いている自分がいるという事実や「今の自分の現実の見方」を受け止め

「今の環境、自分が現実に対して感じていること」が自分の「望み」であり「焦点を当てているもの」だと意識し、認識を変える事や新しい環境に目を向ける事が大切になるので

「望まない事」に対する「認識を変える」こと、自分自身の「意識のチャンネルを変える」ことを選択する事になります。

「現実を見て自分を知る」事を意識出来る人は、自分が望む現実を生きる為には、自分を変えるだけなので「発言する必要がない」とも感じるかもしれませんが、「発言する」ことも自分がどう生きるか、現実とどの様に関わるのかを選択した結果ですよね。

人は人と関わり合いながら自分の現実を創っていきますし、全ては1つであったとしても、人が分離の意識を持っている以上「個人」としての人生を歩む事が、大切になるのではないでしょうか。

そして「個人の成長」が「全体の成長」に繋がると意識出来れば、まずは自分自身が、自分を出して生きていく事を選択する事から、自分の人生を歩む事で、周りと一緒に成長していく事が出来ますよね。

【自分を変えるか環境を変えるか】

人は自分と共感できる人と一緒にいる事で心地よさを感じますが、反対に共感出来ない人と一緒にいる時は居心地の悪さを感じますよね。

共感出来ない人が多い時に、自分が選べる選択肢としては、先程も述べたように「自分をその環境に合わせる」ことを考えるか「自分に合う環境に移動する」か、になります。

共感出来ない人が多いと感じる人は「自分が共感出来ない多くの人が見ている現実の見方」を知る事によって、相手が自分に対してなぜ「望まない態度を取るのか」や「相手がなぜそう考えるのか」を知る事に繋がり、「相手の見ている現実を知る」事で、相手の気持ちを理解する事が出来ますし

今、共感出来る人が多い人でも、自分を変えたいとか、もっと成長したいと考えるのであれば、「視野を広げて、より自分が生きたい環境に身を置く」ことで、新しい現実を創っていく事を、選ぶことも出来ますよね。

人に合わせる事を考える、というよりも「自分が生きたい現実に合わせること」が大切で、今の現実に満足していて「変わりたいと思わないなら変わらない」ですし、今の現実に満足していたとしても「更に変わりたいと思うなら変われる」ものです。

そして「変わること、成長すること」が、周りの人と一緒に、現実をより自分が望む方向へと向かわせる事に繋がりますよね。

周りの人は自分の望みを叶えてくれているだけだと意識するなら「共感出来ない人が多い」と自分が考えているから、自分の周りには「共感出来ない人が多い人が集まる」ことになり「少数派として生きていく」事に繋がりますが

それで良いと自分が考えているかどうかによって、これからの未来は、変わりますよね。

【自分も周りの人の望みを叶えているだけ】

周りの人は自分の望みを叶えてくれているだけだ、という言葉は「自分目線」になりますが、それと同時に「自分も周りの人の望みを叶えている」という事を意識出来れば「お互いがお互いの望みを叶えている」事が理解出来ます。

「上に立ちたい人と下に居たい人」

「責任を取りたい人と責任を取りたく無い人」

「人に指示したい人と人に指示されたい人」

「変わりたい人と誰かを変えたい人」

「知識を共有したい人と知識を共有して欲しい人」

「主役になりたい人と人のドラマを見たい人」

「助けたい人と助けられたい人」などは、お互いにお互いの望みを叶えているだけであり、現実はそうした「繋がり」によって出来ていますよね。

現実に起こる事に対する責任に対して「どちらかが一方的に悪い」「どちらかにしか責任が無い」という事もなければ、見ているだけの「自分には関係ない」という事も無い事になります。

現実的に見て「責任を取る人」は居ますが、実際には「それを観測しているみんなにも責任はある」というのが自分と現実を繋げて見る事が出来ている人には理解出来るかと思います。

つまり自分にとって「望む現実に生きる事」を選択するのであれば、自分が望む現実を明確にして、自分がその現実に生きている「理想の自分で在る」ことや、理想の自分に近づく為に行動を積み重ねていく事で、周りの人を巻き込んで、自分が望む現実を創ることに繋がります。

人の上に立ちたい人には、人の上に立つ為の出来事、例えば「人に頼られる」「頼みごとをされる」「持ち上げられる」ような事が起こりますし

人の下に居たい人、上に立ちたく無い人にとっては、人の下で居られる出来事が起こりますが

これは自分の経験から導き出す事が大切で、そこから「自分が本当に居たいと思う場所」や「自分が本当に生きたいと考える生き方」を選択する事が出来ますよね。

人はみんな自分の生きたい人生を生きているので

「人を信じない人は人が信じられない世界」に

「人を信じている人は人を信じられる世界」に

「自分を信じている人は、世界を信じられる自分」に

「自分に自信がない人は、世界を信じられない自分」として生きる事になりますが

「今の現実は自分が生きたいと思っている現実」であると受け止め、それを変えたいと考えるなら「より自分が望む現実へと向かう為の情報に目を向ける」ことや

「自分が望む現実を生きている人の生き方を真似してみる」、「考え方、価値観」そして「セルフイメージ」を変えることで自分の現実は、その形を変える事になります。

今見ている現実から受け取る「情報」や、それに対する「解釈」というのは、人の頭の中で勝手に付けられれた「イメージでしかない」ので、そこに「良い悪い」の判断をするのは「思い込み」の部分であり、自分がそれを「許せるか許せないか」

つまり自分の「価値観、思い込み、偏見」を知るキッカケにもなります。

現実を見て自分の価値観、考え方を知る事が出来たり、今の自分の状態を知る事が出来るということは、「自分を変えれば現実が変わる」「自分の解釈を変えればそこから感じる感情も変わる」と理解することでもあります。

感情というのは「思い込み」「刷り込み」「価値観」「考え方」によって変わるので、例えば「自分が気に入っているものを否定された」として、悲しくなるかどうかは人によりますよね。

自分がそれを好きならそれで良い人は、人にそれを否定されたとしても特に感情が動く事はないかと思いますが、「共感を求める人」は、自分を拒否されたように感じ、悲しい気持ちを感じる事がありますし

同じように「自分のコンプレックスを指摘された」としても、それを「自分自身が気にしているかどうか」によって、どんな感情を感じるかも、人によることになりますよね。

そして自分を変える事が自分の現実を変える事になると理解すれば、人はただ「自分をより理想の自分へと向かわせる事」や「全てを受け止めた上で自分が生きたい現実を生きる」ことを意識すると良い事になります。

世界は広いので、自分に合う環境に移動するというのも良いかもしれませんが、どこに居ても「人の価値観、考え方を知り、受け止める」ことで視野はより広がりますし、「自分と同じように相手を尊重する」という事は、大切になりますよね。

周りの人は自分の望みを叶えてくれているだけだと意識することで、一人一人が「今の現実は自分にも責任がある」と考え「周りの人と一緒に現実を創っている」という意識を持ちながら「何の為に生きるのかを決める」ことが、大切になりますし

人は学び成長出来る生き物であり、成長というのは「欲」によって出来ているので、無欲に生きる事を考えるよりも「自分の為の欲」であり「人の為の欲」を考えるようになる事で

より「自分自身を成長させる」と共に、「人の成長を促す」事に、繋がるのではないでしょうか。

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